私が台湾のローカル企業でマネージャーになるまでの経緯・どうしたら給与は上がるのか?

WORK

実は私、4月頃からマネージャーとして働いていました。

アメブロや、ツイッターでは「マネージャーになるのは大変だ」とか匂わせ(なんの)をしていましたが、実務は4月頃からこなしていて

給与が上がったり、名刺が変わったりするのは7月頃になりそうです。

それに伴い4月頃から仕事が超激務です。

精神的にも、肉体的にもヤバいな、と思うことが 平日の9〜10時間程度の間で何回かありました。

(普通の勤務時間ですねw 昼休みは1.5時間だし)

 

とはいえ人間関係は概ね良好だし、辛いと思うことのほとんどが自分の経験や力不足なのであって

この2ヵ月の間にもいろんなことが出来るようになりました。

そしてもうすぐ今の会社に入社して4年程になります。

いやあ、あっという間だった。

私は本当につい最近まで、明るくブログを運営しつつも現地採用であることに何となくですが引け目を感じていて

自分の境遇や仕事内容についてはあまり書いてこなかったのですが

最近は本当にそんなことがどうでもよくなってきました。笑

 

自分と比べて何処の誰は〇〇円収入が高くて、年収1000万円の旦那がいて、とか

〇〇会社に勤めていて、とかアメリカに駐在していて、いいなァとか1年前くらいまではリアルに思っていたと思います。

今でも、良いなぁと思うことは勿論ありますが、それはその人の選択や努力の結果なのであって

羨ましがったり、妬んだり、自分と比べても全くの無意味で時間の無駄なだけです。

今自分は毎日健康で楽しく、充実した仕事に打ち込める勉強があり、

好きなことをして、好きな人と一緒に過ごしいて、生活に何の不自由もなく幸せだと思います。

だから、他の誰かと比べる必要なんてないのです。

また、自分の小さな見栄なんかよりも

台湾で就職したいけど給与はどうなんだろう?

実際に働いている人はどんな生活をしているんだろう?

と、不安に思って検索してくれる人のために、少しでも記事を書きたいと思うようになりました。

そこで今回初めて、

私の台湾でのサラリーウーマン生活の4年間をアバウトな収入と一緒に振り返ってみたいと思います。

新卒で海外就職し、その後マネージャーになった場合のキャリアと年収の参考になるかと思います。

他の国に比べて台湾での就職は、決して厳しくないと思いますが、スキルアップや給与アップをするのはやる気がないと本当に厳しいです。

業界によっても給与は大きく異なります。

医療、機械、IT、の理系職と

貿易、広告、編集などの文系職では給与も全く違います。

ご存知の通り台湾でも理系のが高いですが、私が働いている業界は恐らく文系職と言えるので

業界によってはもっともらえると思って見ていただいて良いかと思います。

 

では、どうぞー!!

 

私の学生時代と最初の就職。

都内の三流私立大学を卒業する予定だった私。

あの頃スキルとして持っていたのは、日常会話レベルの中国語(HSK6級は持ってました)と、まあまあ流暢に話せる英会話(しかしTOIECの点数は500くらい)、いつもニコニコしていること、

人と話すのが好きなことくらいでした。

「何かに夢中でのめり込む」ことができなかったので、この4つのスキルのどれもが中途半端で、自分よりもそのスキルの高い人が現れると急に存在感のなくなってしまう存在でもありました。

学生時代はいろんなアルバイトをしました。

ショップ店員(1番長く続いた)に、コンビニ店員、ファミレス、カフェに、最後は出版社の広告営業と編集作業も。

(超安時給だけど楽しかったな〜)

 

どれもそれなりにこなすことができて、店長や社長にもそれなりに好かれていたのですが、本当にただそれだけでした。

それなりにできたので、

バイトも「まあ、バイトとして出来ることはこんなもんか」と飽きてしまい

「正社員にならないか?」と聞かれても

『まさか!私はこんなに若くて英語も中国語も話せるのにここで就職なんかするもんか。』とか根拠のない自信を持ってお断りしていました。

(これは心の声であってこんな言い方はしていません。しかし今思うと、学生のくせに人の仕事を下に見るような真似をして、如何に自分が馬鹿だったのかが分かります。)

若くて、21才で中国語と英語が話せて、明るい性格で人当たりが良い。

それだけでいろんな大人から褒めてもらえ、可愛がられ、いい気になっていました。

今思うと本当に恥ずかしいなあ。

その後、大した考えもないまま、ベンチャーでもそれなりに大きい会社に就職しました。

同期は100人近くおり、国内、国外に多数の拠点を持っていて会社説明会で上部の良さにコロッと騙され、5次面接なんかを終えて、1社目の内定。

その後もそこそこ大きい会社に3つくらい(といっても三流大学で美人でもないので超大手のホワイト企業では勿論ないです)と簡単に就職先が決まり、4年生の5月で就活を早々に終えました。

 

まあ一生働くわけじゃないと思っていたので、正直何となく気に入ってちゃんとした会社ならどこでもいいやとか思ってました。

 

就活を終えてバイト生活。

大学はもう、ほとんど授業がなかったので、1ヶ月程イギリスへも語学留学に行きました。

そんなこんなで迎えた4月の入社式。

初めの就職。希望の部署に配属されませんでした。

就活が終わっても、内定の出た大学生を縛り付けておくために

会社はオリエンテーションを開いたり、創業者の本を読ませたり、しますよね?

私の前に勤めていた会社でもそれがあり、窮屈に感じてすごく嫌だなと思っていました。

そんなオリエンテーションにはほぼ参加しなかったので、ほとんど他の内定者を知らない中入社式が行われました。

100人程同期がいる様子は、まるで高校の入学式のようでした。

(大学は割と自由なので、この入社式は高校の入学式に近いものがありました)

100人もいる同期の中から、自分と話の合いそうな「普通っぽい」子を探して話しかけます。

(.自分のこの行為!超日本人っぽい。笑)

 

しかしさすがベンチャーの大企業。

東大、早稲田、慶応、上智、学習院、とみんな学歴が超高い!

そこから目立つスーツをきて騒いでいる法政、青学の卒業生たち。そして自分と同じレベルの大学や、知らない大学の同期たちも。

今思うと、え、何ここ婚活会場?w

 

1ヶ月の研修を終え、希望の部署を3つ書くのですが、大きな会社なので花形部署がいくつかありました。

人気があったのは、広報、不動産、旅行企画、海外戦略部署、あとは営業かなぁ。

一番不人気だったのは、「オペレーション部」

何の知識もなかったので、見た単語の響きだけでやっぱ「海外戦略」だよなあ、とか思ってました。

花形部署を3つまで書いて、全部落選(笑)

見事に学歴上位の同期だけが花形部署、法政大学くらいからはもうオペレーション部署へと綺麗に分かれて行きました。

私は勿論、「オペレーション部」これが本当につまらなかった。

と言ったら申し訳無いけれど、仕事内容は本当に簡単で肉体労働的なことも多かったです。

インプットすることがほっとんどなかった。その割に定時で帰れない。

就業時間になるといそいそ仕事し始めて上司にアピールする人、申し訳なくて先に帰れない人、色々いました。

 

5月に配属されてからすぐに転職活動を始めるものの、入社1ヶ月でやめるような根性なしを雇ってくれる企業…中々ないですよね〜。

 

この頃はもう大手は見ていなかったのですが、小さなファッション系の会社をいくつか受けていて(ファッションは人並みかそれ以上に好きです)そんな時に友人から今の台湾企業を紹介されました。

すぐに外国で働ける!という期待から、特に何も考えずに英語の履歴書を送り、スカイプで面接。

(新宿の漫喫でごちゃごちゃうるさい中、ヘンテコな日中英語で面接を受けました)

今の会社(台湾)にはこの時点で外人従業員がいなかったので、物珍しかったのか

あっという間に採用が決まり、ビザも貯金もほぼ無い状態で

「じゃ!行ってくるわ〜!」と家族に別れを告げ、台湾へ飛び立ちました。

この時は外国人のビザが降りる給与の金額を知らない社長が、「あ、給与は、36000元でいいかな?」と聞いてきて、学生に毛が生えたようなものだし、面接時は給与のことなど言うまい!という謎の日本人精神で「OK!」と答えていました。

*1元3.6円(2018年6月現在)

 

台湾で就職した1年目

3ヶ月で日本の会社をやめたくらいなので、最初はアルバイト感覚で始めたらいいかな、と思ってました。

バイトでも外国で就職したことがあるなんて、のちの転職に役立つよなあ、なんて甘い期待をして。

なので給与もまあ、バイト時代とそう変わらないかな、と思っていたのですが

家賃のことなど全く何も知らなかったので最初の1ヶ月半は、新店に住む友人(台湾人)の家に泊まらせてもらっていました。

この友人が、今でも私の唯一の台湾人の親友なのですが

両親の購入したマンションに1人で住んでおり、そのマンションには部屋が3部屋もあったので、一部屋を好きに使わせてもらえることになりました。

仕事を始めたばかりということで、彼女のお母さんは「家賃は一切いらないから」と言ってくれ、日本円で20万円程の全財産しか持っていなかったので本当に助かりました。

彼女のことも、彼女の家族のことも大好きで

数少ないプライベートで本当に仲の良い友人のひとりです。

友人の助けもあり、何とか台湾での生活が始まったのですが、ビザがどうにもおりない。

それもそのはず、この頃(2014年)は日本の大学を卒業した新卒は、台湾でビザが取れなかったのです。

何故か。台湾で就業ビザを発行するには、ビザ発行のための給与の最低額が決まっており、これが台湾の現地レベルからするとマネージャーレベル、もしくは10年勤務の従業員ばりに高いからです。

台湾で働く外国人が、就業ビザを発行するのに台湾政府から決められている給与は、月給47,941台湾元(日本円で約168,000円程度)

これ、ちょっと台湾で生活したらわかるんですが、十分すぎるくらいに暮らせる金額です。

引かれる額は少なくて、ほとんど手取りに近く、下手したら日本の超ブラック派遣社員の手取りと同じかそれより多いかもってくらいの給与です。でも物価は確実に安い。

だから海外の大学を卒業した学生は、日本語教師や、配偶者ビザ、居留証を持っている人以外、就業ビザはおりなかったのです。

日本人が台湾に入国すると、180日(3ヶ月)はビザ無しで住むことができます。

ビザが出るまではそんな生活をしないといけないのかな、と思っていましたが結局ワーキングホリーでのビザをとることになりました。

それでも47,941台湾元は保証してくれ、

1年目は本当に辛くて、日本に帰りたくて弱音ばっかり吐いていましたが

ここで帰ってたまるか!という気持ちで半年くらい頑張るうちに、仕事が徐々に楽しくなってきました。

たまたまですが、仕事が好きな分野や業界であったことも関係しているかと思います。

少しして台湾人の恋人もできて、台湾生活がさらに楽しくなっていきました。

 

台湾企業2年目

1年働いたタイミングで、一度日本へ帰ろう!と思い立ちました。

別に台湾に就職したくてしたわけじゃないし、中国語もだいぶわかるようになってきたから、今なら商社の第二新卒で将来駐在させてもらえる仕事とか見つかるかも、と。

結構具体的で、叶いそうな夢ですね。

上司と社長に話すと、「それは勿体無い。日本で働きたいなら、日本の事務所を作ればいい」と言ってくれました。

仕事が自由で楽しくなってきたのと、そういう体験をしてみるのも良いな、と思い社長の提案通り日本に小さな事務所を設けひとりで代表として働くことに。

この年、社会人2年目の25才でした。

一般的に言うと、社会人3年目にあたる年齢なので、私を引き止めるのであれば普通の日本企業と同じだけ給与を払って欲しい、と額面で28万円の月給を要求し、最終26万円くらいで落ち着いたと思います。

この1年は私を大きく成長させてくれました。

台湾企業3年目、台湾へ戻る。

実は2年目に日本で働く際に、とある労務契約を台湾の会社と結んでいました。

それは、3年間の雇用契約です。

会社としても、ひとりの人を物価の高い国へ送り出し、家賃を払い、会社を運営していくのには費用がかかります。

そのため、私が半年そこらでやめたら困るってことで、2年目から計算して3年働く契約を交わしていました。

この契約書自体は、台湾の法律に基づき、給与の明記もされておらず、

(勿論台湾で働く場合は、ビザ発行の最低金額は必要)

正直私が日本で生活する上では気にする必要もない適当な契約書ですが、

3年目にもなると社長や上司、会社全体のことを深く理解していて、

恩もあったので契約通り勤めようと思っていました。

 

できれば、円満退社が一番。

 

一応この3年の契約を渡した時点で、私には小さな(?)目標がありました。

 

それは、もう一度台湾に戻って管理職に就くこと。

 

私の上にはいつも上司がいましたし、

長年働いている人も多かったので、本当は3年目で管理職に就きたかったのですが、

チームのリーダーとして2人部下を持つことになりました。

 

台湾へ戻るに当たって、給与については少しもめました。

日本では26万円(7.3万元) もらっていたので、台湾に戻ると決めても、同じ仕事をして、昨年よりも確実にできることは増えているのに給与が減るなんて許せない!と思っていたのですが

台湾で暮らしている人ならばわかる通り、普通の営業スタッフが7万元以上の給与をもらうなんて無理です。

だって新卒が2万2000元の国なのだから。

で、最終的に2017年は、6万元程度に落ち着きました。

2017年は、個人の業績がとてもよく、ボーナスが4ヶ月分出たので、収入は2年目よりも少しアップしました。(他にも出張手当など色々)

台湾就職4年目と台湾就職についてまとめ。

日本の経営者は、勢いのある従業員よりも、忠実な従業員が好きなように思います。

あまり主張しすぎず、言われたことをきちんとやり、自分の待遇に文句を言わない。

台湾でも、待遇に文句を言うスタッフは嫌われますが、自分を安売りしないことはとても大切です。

自分がどんなスキルを持っているのか、この会社でどうやって役に立てるのか、営業ならばどれくらい稼げるのか、ということを自信を持ってラオバン(社長)に伝えることで

「この人が絶対にほしい!」と思って貰えるのではないかと思います。

現地採用として台湾で働いていると、ほとんどの人が47,000元(ビザの指定額)か5万元程度で採用されても、そこから1万元近く給与が上がるのは難しいと思っているひとが多いかと思います。

でも台湾は、転職してナンボ!条件の良い会社へ移ってナンボです!

 

これは日本以外の外資系にも言えることだと思いますが、スキルアップを忘れずに、仕事を変えて、さらに良い待遇を得ることが大切です。

今の会社で成長できなれけば、他の部署へ異動する、新しい仕事を任せてもらう、転職するべきです。

ちなみに、上場している台湾の企業で管理職ポジションについた場合、本人の能力次第で8〜10万元(30万円〜36万円)稼げておかしくないと思います。

利益率の高い業種であれば、もっと稼げるかもしれません。

女性で年収400万円近く稼げれば、ほとんど日本の収入と変わりないのに出費額は少ないので、生活はとても楽になると思います。

このまま台湾で会社員として働くことになるのであれば、それを目指したいですね。

そうなると、産休、育休、有給、以外にも結婚や入院などでバッチリ休みの取れる(誰にも遠慮することなく)台湾の労働環境は、魅力的に思えたりします。

台湾でも日本でも同じですが、リスクがあり、責任のある仕事をしない限り、マネージャーにならない限り、給与は上がらないです。

 

最近は、給与は22Kでいいから5時で帰る〜副業すればいいし〜、責任ある仕事したくな〜い、だって給与低いし〜っていう若者も増えていて経営者は困っているらしいです。

とりあえず36K程度まで全体として初任給をあげたほうが良いかと思いますが、そういう金額じゃないか。

非常になが〜くなってしまいましたが、台湾で現地採用として働くアラサー女性の海外就職体験談と、仕事の考え方、待遇などを書いてみました。

 

(どんよりした気持ちで昨日出社すると、同期がこんなメッセージを残していてくれました。泣きそう。)

 


 

 

 

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コメント

  1. Mike より:

    すごいです。尊敬します。
    これから台湾へ移り住もうと思っているので、
    とても参考になりました、ありがとうございます。

    ひとつ質問です。
    「1年目は本当に辛くて、日本に帰りたくて弱音ばっかり吐いていました」
    とのことですが、特に辛かったのはどんなところでしょうか?

    • ryoRYO より:

      Mikeさん
      ツイッターでもコメントありがとうございました!
      スパムをうまく処理できていなかったのでコメントに気づかず、返信が遅くなってしまい申し訳ありません。

      特に辛かったのは、言葉を全て理解できなかったことです。
      人と話をするのが好きな性格なので、同僚の話の中に入っていけないことが辛かったです。
      また、本当に同じテンポで話ができないと、1対1以外では話ができないので、大勢で集まる時などは苦痛でした。
      分からないので、意地悪されているんじゃないか、と思ってしまうんですね。
      あとは新卒で入社したので、右も左も分からず、その上給与は台湾人よりずっと高かったので(ビザの規定金額の関係上)
      当初は上司からも煙たがられてたような気がします。

      しかし今では人間関係ではノーストレスとなりました。
      皆意地悪としていたのではなく、ただ言いたいことを言っていただけなんですね。
      矛盾していることも多いので、カッと言い返してやると、なんだか嬉しそうにまた反論してきます。
      住めば都、とまではいきませんが、他の国と比べても、日本人が住みやすい環境であることは間違いなさそうです。

      きついですが、社内で唯一ムニの存在になるためには、台湾系企業や外資企業が良いと思います。
      日系企業では、現地採用からの出世はなかなか難しいかなと思ってます。